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「コミュニケーション・アンプリファイア・システム(CAS)」理論

「コミュニケーション・アンプリファイア・システム(CAS)」理論

では、具体的にどう人間社会を「システム思考」で理解したらいいのでしょうか? ここでは、その一例としてアラン・ケイに触発されて、私が考えた「コミュニケーション・アンプリファイア・システム(CAS)」理論を紹介します。2014年に日本を代表するメディア学者の浜野保樹教授がお亡くなりになったのですが、その時、もう一度、先生の本を読み直してみようと思って、主要作品すべてを読み直してみたのです。そして、その時、代表作の『ハイパーメディア・ギャラクシー』の中で、アラン・ケイの次の言葉を発見して、「これだ」と思ったのです。「コンピューターはコミュニケーション・アンプリファイア(増幅器)である。私は、飛行機もコミュニケーションの道具であって、複写機もコミュニケーションの道具であると思う。鉄道会社の人々は自分たちが鉄道業界にいると思っており、IBMの人間は自分たちがコンピューター業界にいると思っている。しかし両者とも実際はコミュニケーション業界にいるのだ」。

まず、「コンピューターはコミュニケーション・アンプリファイア(増幅器)である」という言葉ですが、これは、私がMacintoshに初めて触ったときの感動を表すのにぴったりの言葉だと思いました。Macを触っていると、このマシンとは会話ができる。会話がはずむ。楽しい。ワクワクするといった不思議な感情が湧いてくる。そして、Macについて、ユーザーどうしで話をしていても、やはり会話がはずむ。楽しい。ワクワクするといった体験をするわけですが、この共感や感動を増幅する感覚を表すのに、これ以上の言葉はないと思いました。Macintoshは、アラン・ケイの「Dynabook Concept」に啓発されて開発された製品ですから、まさしくアラン・ケイの「コミュニケーションをアンプリファイするコンピュータ」という考え方を受け継いでいるわけです。そして、この「コミュニケーション・アンプリファイア」という言葉は、コンピュータのみならず、あらゆる製品やサービスの魅力を表すのにぴったりの言葉だと思いました。

次に、「飛行機も複写機も鉄道もIBMのコンピュータも、すべてコミュニケーションの道具であり、コミュニケーション業界なのだ」という言葉ですが、浜野さんは「コミュニケーションという言葉には、交通運輸という意味があり、ケイは当たり前のことを言っているにすぎない」と続けています。しかし、私はこれを「あらゆる人間活動はコミュニケーション活動である」と拡張して考えられるのではないかと思ったのです。辞書の「コミュニケーション」という言葉には、「情報や感情のやりとり(情流)」「人の行き来・交通(人流)」「モノの行き来・運輸(物流)」という意味が含まれています。これに、「マネーのやりとり(金流)」も含むとすると、人間社会は、「情流・人流・物流・金流のマトリックスで構成されるコミュニケーション・アンプリファイア・システムである」と定義できるのではないか、と考えたのです。そして、「フレミングの左手の法則・右手の法則」のように、それぞれの要素が関連して増減すると考えられる。そうすると、アップルがiPhoneを発明して、瞬く間に普及させたことで、時価総額世界一企業になった理由が論理的に説明できるのです。iPhoneは、人々の会話を活性化するのはもちろん、人の行き来、モノの行き来、そしてマネーの行き来も飛躍的に活性化するデバイスであり、だからこそアップルは時価総額世界一企業になったのだと。そして、Google、Amazon、Facebookといった時価総額上位企業や、Instagram、Airbnb、TikTokといった新興ベンチャーもすべて、人々のコミュニケーション・アンプリファイア・システムをデザインし、その領域でナンバーワンになっているということがわかるのです。それに比べて、たとえば、マスメディアは、かつてはコミュニケーション・アンプリファイア・システムとして機能していたが、今はそうではない。だから、衰退しているのだということがわかります。日本の製造業、学校教育、政治・経済システムがダメな理由も説明できるわけです。幸福な家庭と不幸な家庭の違いも、これで説明できます。幸福な家庭は、思いやりのある暖かい会話(インタラクティブ・コミュニケーション)に満ちています。不幸な家庭にあるのは、「ああしなさい、こうしなさい」「お前なんかクズだ」といった命令や攻撃(一方的なコミュニケーション)か、ゼロ・コミュニケーションです。

そして、あらゆる「システム」は「同期」によって機能するという考え方をしているのもCAS理論ならではの特徴です。ダビンチは「水」に注目して、「変化する水の流れ=生命の特徴」という真理を発見したわけですが、CAS理論は「コミュニケーション」「メッセージ」「同期」に注目した「システム思考」なのです。この発想の原点は、コンピュータが動作するときに、同期信号に合わせて各装置(入力装置、演算装置、記憶装置、表示装置、出力装置)がデータのやりとりをするというところにあるのですが、生命活動もまた、各細胞に時計遺伝子があって、視交叉上核というところにある体内時計が、朝日が昇ると、それに合わせて時間を補正して、各細胞がそれに同期して活動をしている。では、人間社会はどうかというと、古代国家というのは、すべて祭政一致で、時の制定と度量衡の制定を必ずしている。これは、インターネットにおけるタイムサーバの設定と通信プロトコルの設定と同じではないか、という考え方をしているわけです。NHKの『人体』という番組でも、人体の各臓器はメッセージ物質によってコミュニケーションをしている。脳がすべての臓器をコントロールしているのではなく、各臓器はインターネットのように水平分散ネットワーク・システムを形成している。脳の中も、そこに小さな小人がいて、すべてをコントロールしているというわけではなく、脳そのものが水平分散ネットワーク・システムなのだという説明をしています。宇宙も、たとえば、月と地球といった天体どうしが重力というメッセージをやりとりして、釣り合いをとり、同期しているから離れないといったように考えられないことはない。

「同期」に注目すると、色々なことがわかってきます。私たちは、よく「力を合わせる」という言い方をしますが、「力を合わせる」というのは、「一斉にベクトルの方向を合わせること」、つまり「同期すること」で、私たちは「同期」することに「感動」し「共感」することで、経済活性化するシステムの中で生きているのです。たとえば、ラグビーのワールドカップ。スクラムで日本が力負けしなかったのは、文字通りみんなが一斉に力を合わせたからなのです。つまり、みんなが「同期」し、ベクトルの向きを一点に集中させていた。それこそが「ワン・チーム」の意味なわけです。これは、稲垣が華麗なパスワークでゴールしたシーンにも言えることです。あのパスワークは、普段から膨大な練習を繰り返し、コミュニケーションを密にしていなければできないことです。すると、それを見た人たちも感動して、一体感を持つ。視聴者も同期するわけです。そうすると、みんな元気になって経済が活性化する。コミュニケーションがアンプリファイアされて、そこに大きな経済効果が発生するわけです。

たとえば、2013年に放送されたNHK連続テレビ小説『あまちゃん』は、2011年の東日本大震災で大きな被災を受けた東北の人たちを元気づけましたが、ドラマへの共感(同期)が、多くの人々の東北地方への共感へとつながり、その結果、東北に行ったり、東北の物産を購入したりする人を増やすという大きな経済効果を生むということを、私たちは経験しているわけです。これもまた、「コミュニケーション・アンプリファイア・システム(CAS)」なわけです。

このことを端的に表しているのは「祭り」です。たとえば、「祭り」で神輿を担ぐのは何故でしょうか? 「せいや、せいや」と掛け声を合わせて、みんなが「同期」して担がないと、神輿を持ち上げることはできません。もし、ひとりだけこの「同期」から外れると、大変痛い思いをします。つまり、みんなで一斉に、精神的にも肉体的にも「同期」して神輿を担ぎ、いい汗をかく。そうすると「感動」し「一体感」が生まれ、さあ、みんなで農耕しようとか、敵と戦おうとか、そうやって人類は生きてきた。このことをよく表しているのは、日本語の「祭り事=政(まつりごと)」という言葉です。古代国家は、すべて「祭政一致」という形で成立している。それは、何故なのか? よく「人間は社会的動物である」と言われますが、それは、人間が「コミュニケーション・アンプリファイア・システム」として社会を形成し、団結する、すなわち、力を合わせて何かを成し遂げようという方向に進化した猿だからと考えると、理論的に説明できるのです。そして、このCAS理論に立つと、単純に財政難だからといって、増税したり、社会保障費を削るのはナンセンスだということがわかります。また、コミュニケーション・アンプリファイアに繋がらない税金の使い方は、結果的にその社会システムの衰退、破壊につながるということもわかります。そして、実際にどの政策なり、経営施策がコミュニケーションをどれだけアンプリファイアしているか、していないかということを計測することができ、その計測に基づいて、社会システム自体を設計し直すということも可能になってくるのです。今、世界中のあちこちでデモが起きているのは、今の政治・経済システムが「コミュニケーション・アンプリファイア・システム」としてきちんと機能していないからなわけです。では、どのように政治・経済システムを設計し直せばいいか、ということを考えるためには、目先のあれこれの事象について議論しているだけではダメで、「システム思考」で問題解決をはかれるように、私たち自身が能力を格段に進化させる必要があるのです。

人類進化の歴史を「コミュニケーション・アンプリファイア・システム(CAS)」理論で説明すると、このようになります。まず、40億年前に地球上に生命が誕生した。地球上のすべの生命の仕組みはただひとつである。DNAという共通のプログラミング言語に基づいて誕生し、活動し、自己複製を繰り返している。一部の生命は多細胞生物へ、哺乳類へ、霊長目へと進化した。そして、霊長目の中から600万年前にヒト属が誕生。直立歩行を始めたことで、手を使って道具を製作するようになり、脳が急速に発達した。ヒト族は、599万5000年の間、30人くらいの集団で狩猟採集生活をし、その間、子育ては集団で行い、マンションの一室で母親ひとりに任せきりにするといったような愚かなことはしていなかった。子供は集団の中で存分に遊び、遊びの中から生きる術を学んでいたのである。5000年前に文字を発明し、外部記憶装置を得たことで、人類は農耕牧畜というシステムを発明し、大集団を形成するようになった。そして、その際、「祭政一致」という同期システムによって古代国家を形成した。その後、500年前のグーテンベルク革命で、情報の大量複製・情報の価格破壊が可能となり、一般の人々が情報を共有できるようになった。そして、それにより、宗教改革、産業革命、市民革命が起き、市民社会が実現した。一方、50年前に始まったIT革命は、パーソナルコンピュータ革命は実現したものの、まだパーソナルインターネット革命は実現していない。人類の知識活動を飛躍的に進化させた「本」「図書館」といった外部記憶装置に相当するものが、まだインターネットでは実現していないのである。インターネットは、情報の大量複製・情報の価格破壊によって、本来「IT市民社会」を実現するはずのものだ。しかし、現状のインターネットは、GAFAや投資家、政府のためのものとなっており、一般市民はまったく非力なままである。だから、中国共産党一党独裁政権のような時代遅れの組織がITをほしいままにし、「IT監視社会」へと向かいかねない事態となっている。こうした事態を打開し、一般市民がインターネットのパワーを自らのものにするためには、断片的な情報しか伝えられない現状のチラシ型WWWから、人々の知識活動に役立つブック型WWWへの大転換が不可欠である。なお、ここでいうブック型WWWとは、既存の「本」のようなスタティック(静的)な「本」ではなく、ダイナミック(動的)な「本」、すなわち、1972年、アラン・ケイが論文「A Personal Computer for Children of All Ages(あらゆる年代の子供心を持つ人たちのためのパーソナルコンピュータ)」の中で予言した「Dynabook」のことである。

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